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Weekly Teinou 蜂 WomanにUPした記事内テキスト抜粋Blog

生きるよろこび

f:id:asobi:20180312160516j:plainこのポーズは展示の作品と関係あるので……


熊谷守一展へ行く。
画家として生きた生涯が絵を通して観られる構成が好き。変遷と葛藤の一部を覗いた気分になる。
どの時期もそれぞれの魅力があるけれど、こうして区切ってみると、各年代をもっとたくさん観たいと貪欲になる。


よろこびを指してるつもりがぜんぜんだった。3月指してどうするんだ。


大胆なタッチにスイッチした当初の、馬のいる風景画、海の絵が好みだった。

晩年は、対象を凝視しすぎて、本質を天から見ているような神目線で大きく捉えたものを絵に落としこんでいるように見える。
原色でもなくパステルというほど甘くもない。かといってくすんでいるわけでもない色は、不思議な落ちつきがある。でもあんまり意識してないようにも思う。
対象が動植物ということもあるのかもしれないけれど、愛おしい、やさしい気持ちが伝わってくる作品が多くて、画家としては最高の終焉だったんじゃないかな…と、しあわせというか安堵というかなんだろな、穏やかな気持ちってやつか。それです。

近美に向かう道すがら、言葉の不自由な小さな子が暴れながら何かを訴え号泣していて、壮絶で、この世の終わりみたいに悲しそうで、もうそれで本当にだめになって私まで泣いてしまったけど、最後の、愛情にあふれた絵を観たらどっかに消えてしまった。これから楽しいこともうれしいこともたくさんあるので大丈夫です。はい。






7年前のあの日から数日後にまとめた日記晒しておきます。
それぞれの311です。私はこうでした、というお話。
希望がある。
wtbw2010.blogspot.jp/2011/03/blog-p…
画像は、地震直後に点検した大江戸線車内。麻布十番にいました。



やる気がゼロになったときのコラム 歴史的VIを超えるものなし

貯める金


「貯金してないの?」
と訊かれたので
「ないっ! したこと一度もない。知らない間にお金が増えてたことならある」
と開き直ったら
「江戸っ子…」
と言われて、たぶんこれはホメられている。
モノは言いようだし、モノゴトは捉えよう。





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hakoniwa


10年前まで、綿菓子やりんご飴、羊羹の包装たちが、モダンになる日がこようとは思ってもいなかった。

もちろんデザインがよければ即「売れる」というわけではないし、「良い」もまた千差万別だ。

ターゲットを絞って、それにマッチしたこだわりの質、値段、デザインにしなければならない。
一般的な考えや嗜好がまったく理解できないわけではないけれど、自分とはズレがあるので作る側になるのはむずかしい。

「売る」一直線ならいいのだが、そこに少しでも「作品」という概念を注入してしまうと、どうしてもプライドのようなものがジャマをして私にダメ出しをする。緊急地震速報のアラームがごとく猛烈な大音量が鳴りひびいて耳をつんざく。動きを止める。

そうしてまた「あーめんどくさいな~」と本に手を伸ばしたりビデオを観たり、バスに乗って友達の家に行ったりして、脳のギアを完全にニュートラルにしたままダラダラと坂を下ってしまう。老舗のお菓子やさんの、ロングランレトロパッケージを超えるものなんか一生作れないぞ、そう思いながら、私はきっとブレーキを踏まない。行き止まりのブロック塀にぶつかるまで、ブレーキを踏んでギアを入れ替え、そうしてバックするようなかしこいマネなどできっこないのだ。


買物は怪物

※すさまじいやる気のなさとひらきなおりですね……(すでに立ち直ってます)

えばりすぎて面白くなったジジイ

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一階の駐車場でタバコを吸ってると、よく出くわす人が何人かいる。道路に面しているので、相手が喫煙者でなくてもよく出会うのだ。その1人に、同じビル内の会社の社長(会長)とおぼしきジジイがいる。昭和のドラマに出てきそうな、時代錯誤なじいさんである。

仕立てのよさそうなスーツ、禿げているけど整えている髪、ツヤツヤに磨かれた革靴。しっかりとした足取りだけれど、年は70を越えているだろう。たぶん24時間えばってる。まちがいない。

「会社ではみんなヘーコラしてるかもしれないけど、国民全員がじいさんの部下じゃないんだよっ!」
と思うものの、「チワー」と挨拶すると
「おう。ごくろうさま、気をつけて行きなさい」
とまっすぐな背筋のまま言うのである。
こちとらタバコ吸ってるだけなのに、どこに行くっていうんだよw じいさんこそ気をつけてよ!
と突っ込みを入れたくなるけれど、ここまでエラソーを極められるとなんだか憎めない。というか面白い。
考えてみれば、説教されるわけでもなし、理不尽なパワハラを受けるわけでもないので実害はゼロだ。

「いるよねー、あのおじいちゃん」
という話で、となりの事務所の人と盛りあがったけれど、
「あの人さ、もしかしてここに会社とかもうなくてさ、往年の輝きを味わいたくてただフラフラしてるだけかも」
と言われたらそんな気がしてきてやたら哀愁が帯びてきた。

どっちにしても面白いので、もうしばらく楽しませてくれ、と思っているのだが、そういえばここんとこ遭遇していない。じいさんにえばってほしい一心で、やたらとタバコを吸いに出てしまう。どうしてくれるんだ。

……とここまで書いて、じいさんそのものが実在しないとかない? と不安になってきたのでこの話は終わりにします。

スーパーあんずジャム

近所のスーパーでは、杏ジャムは小ビンしか取り扱いがない。
しかしスーパーには「お客様のご要望カード」がある。
書こうかな……でも晒し者(カードは貼り出される)にされるし……なんだかクレーマーっぽいし……と逡巡としていた矢先に、少し先のスーパーに大きいビンのジャムがあることを知った。
とりあえず、持てるだけの数をまとめて買ったので、うれしかったんだと思う。
「わかったから。もう杏ジャムのダイ買ったのはわかったから。もう言わなくていいから!」
と半ギレされたので、たぶん1日のうちに10回くらい言った。

…と書くのに杏ジャムの画像を探したら、すごいお宝を発掘してしまった。

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モロズミのあんずジャム。業務用1kg……
これが届いた日には、私は何回杏ジャムの話をすれば気が済むのだろう。

シャチと会話した話

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窓の外は、濃紺の海でした。
シュワーーと泳ぐシャチが見えたので、呼んでみたら一頭二頭と増えていって、目の前に五頭がやってきた。
彼らはトドみたいにして砂浜に立ち上がり、ちょっと何をしゃべったかのは覚えていないけれど、私と会話して、最後に
「今日のところは帰るね」
と言う。

ごはんをあげて(投げて)
「絶対また来てね」
という思いを込めてそう言って、海に戻る彼らを見送った。
しなやかなバネがひっくり返ってむやみにジャンプして、そうして水しぶきをあげながら海にかっこよく飛び込んでいった彼らを見て、(泳げるの、いいな……)と思ったけれど、考えてみたらべつに私だって泳げる。


すごくいい夢を見てしまった。すごくいい夢だ。
また見たい。

 
そんな話をややコーフンぎみに友人にしたら、
「夭折した友達がシャチになって、何かを伝えにきたんじゃないのか」
と言う。
そういう類の話は一切信じてないけれど、指を折って数えてみた。
1本足りない。
でももしかしたら、つい先日、彼女らの子供たちに性病について注意喚起をしたことと何か関係があるのかな、と思って数えてみたというか数えるまでもない。子を残して逝ったのは2人だ。
3本多い。なんなんだ。

性病ムーブメントにおける我ら母たちの行動

さて。性病こと性感染症である。

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同級生らの周りで、友人Aと友人Bの息子、男2人が性病になったことから、ここんとこやたら詳しくなってしまった。どのWikipediaを見ても、予防策の筆頭には「禁欲」と書いてある。もしかして編集者たちは、セックスに対して異常な敵意を持っているのでは? と勘ぐらざるをえない。

 

そんなWikiのpediaにより、感染者は若年層に多いことが判明。我々「青年部の親たちことおばちゃん軍団(陸上部OBの略です)」が本領を発揮するべき時がまさにきてしまった。

若年層である子供たちに、注意喚起しまくらなければならないという使命感により、私たちは2日に渡り「性病撲滅運動」を行ってきた。

ところがである。伊藤ちゃんが
「最初からちゃんとゴム着けなきゃダメなのよ、ラストスパートの時だけ着けるとかぜったいダメ」
と言うから
「そんなこと私達できる? ムリじゃない? 口内性交でも感染するんだよ、それ禁止できんの?」
とケンカになってしまい、注意されている側の子供たちが呆れかえっていた。

 

どういうわけか伊藤さんは「ラストスパート」と言う言葉がお気に入りでなんどもなんども連呼する。とうとう成人した女子から「おかあさんが生きていたら(去年亡くなった)、こんな下品な話したら怒り出すと思う」と言われる始末で、「これは性の話ではなく病気の話です! 大事な話なのです!」と本気で言い返していた。
もうどっちが説教されているのかわからない。

10年前に亡くなった親友の家にも行ってきた。
JKの娘と大学生の息子。年代的にも遊びたい盛りだろう。息子のほうはそんなに心配はいらないものの、娘はかわいいうえに行動的で外出が多い。そのうえ彼氏持ちである。
執拗に話していたら、
「私、そういう一線を超えるようなことしないから大丈夫なのーっ!」
と逆にキレられてしまった。高2に怒られる50歳一同。
よくわからないが、そういうとこだぞ

 
カラオケに行ったら、よせばいいのにキャリアの友人Aがこんな選曲をしていた。



このタイミングで持ちよってはいけないだろう。
「やめとけー!」
とブーイングが起きた。
 

ゲリにぎりを握ったバイトの思い出

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先日、笹塚にあるファーストキッチンの前を通りかかった。私がバイトデビューした思い出の地である。当時は学生が混在していて大変風紀が乱れていたので「どれどれ…今はどうかな」とチラ見したが、メガネ・スッピン・アクセなしという極めて健全な容姿を目撃。いや見かけでは判断つかないし、ギャップ萌えという言葉もあるし……と想像しかけてどんだけ汚れてるんだ、と思った。
そんな汚い自分は薄手のダウンを逆さまに着ていた。私のほうはいまだに乱れている。

高校のバイトと言えばひとつ、印象深い早朝バイトがある。伊藤ちゃんらと部員の何人かでやった、個人経営のスーパーだ。
授業が始まる2時間だけ働くのだが、私は毎回寝坊をしてタクシーで行っていた。大赤字ということはのちのち判明したけれど、わかったところでたいして気にも留めなかったと思う。

経営者は、筋肉質の小さなオヤジだった。肌の色は日焼けではなくてソレ汚れだろうという黒さだ。奥さんと娘が愛想を尽かして出て行ったことは、二階に下宿していた大学生の甥に教えてもらった。今なら話に食いつくかもしれないが、当時の私たちはそんなことどうでもよかった。

下世話な甥の部屋にはギターと小さなテーブルしかなかった。カーテンもなかった。広い部屋に1枚だけ貼ってあったポスターはビートルズで、そのおかげでしばらくの間、「大学生の部屋は何もない。ビートルズはある」とインプットされてしまった。色白で、細い髪はおかっぱ。栄養失調にも見えるスレンダーな軟弱男で、働きもしないのに頻繁にスーパーに顔を出していたのを覚えている。今にして思えば、男二人の所帯である。女子高生たちがキャッキャ言うところを眺めてよろこんでいたのかもしれない。かもしれないじゃなくてまちがいない。おかずにされていた可能性もある。

おかずと言えば総菜だ。スーパーでの主な仕事はその総菜の準備だった。食品を扱うにもかかわらず、すさまじく衛生環境が劣悪なところで、ふつうの女子高生ではとても勤まらなかったと思う。私たちは授業をサボっては小汚い部室(ぶしつ)で寝ていたので、そういう「汚」には慣れていたのだろう。

バイトは朝食付きだった。オヤジが用意したお味噌汁といっしょに、惣菜なら何を食べてもいい。おにぎりを食べた日は毎回下痢をする。これは絶対的だった。何回かのトライandエラーを経て原因を突き止めてから、私たちはおにぎりを「ゲリにぎり」と呼んだ。ゲリにぎりはその後二度とクチにしなかったかと言えばそうでもない。『ごはんと味噌汁』の魅力は「今回だけは大丈夫かもしれない」と思わせるに充分で、腹を下すことにも勝ってしまう。恐ろしい日本食の定番である。

オヤジの気まぐれで発令される「消毒デー」という大層なものがあり、それもまた今にして思えばひどいものだった。今だったらTwitterでまちがいなくツイートして、山火事のように炎上する案件だ。

水を張った洗面器を、調理台の上に置く。漂白剤をテキトーに2,3滴垂らす。そこに手を浸すと、3秒くらいで指の汚れまで滅菌されるのだと豪語するオヤジ。家事などしたことがない私たちは、何の疑いもなくハイターの驚異に感心していた。
そのまま手を洗わずに素手でおにぎりを握るのだ。今でこそ混ぜたら危険! の漂白剤、ふつーのハイターである。私たちが健康優良児だったからゲリくらいで済んだけれど、高齢者だったら死んでいた可能性もある。


ご老人がスーパー菌により死んだかどうかは知らないけれど(たぶん死んでいる)、店はそのうち潰れたと言う。それを聞いてみんなで見に行ったら、思いがけずサラの空き地になっていた。あの小汚い建物が魔法みたいに消えている。オヤジも、栄養失調の甥も、ビートルズも、何もかも無くなったような気がした。成人して、高校生の私たちだってもういないのだ。ぜんぶ幻かよ! とも思うけれど、あの頃の私たちも無くなったということでイーブンです。