オカンと猫と小さい私



実家で盆暮れに預かっている猫に会いに行く。
大北高瀬家の飼い猫だ。名前はミック。
額の模様がMだからとか、ミック・ジャガー? とか色々言われていたので、じっさいのところ名の由来がなんだったのかもう覚えていない。

「いや、私がここの長女だから」
と言っても、このバカには通用しないらしく、我が物顔である。

3年前に犬、その翌年にインコが死んで、実家には今、人間以外の動物がいない。
こんなことは生まれてこのかた1度もなかったことで、オカンはミックの再訪を楽しみにしているのだが、そのせいかとんだ甘やかしぶりだ。

猫を一人留守番させるなど言語道断で、玄関先の郵便物も取りに行けない。最も高い猫のエサをかたっぱしから買い占め(買いに行くのはオトンか弟)、アレも食べないこれも好きじゃなさそうとやっている。みんなと一緒に食事をしないとかわいそうなどと言い張り、エサと水の器をダイニングテーブルの上に置いているありさまだ。

オトンが自室からなんどもリビングにやってくるのだが、彼(と私)は、扉やドアをきちんと最後まで閉めないという悪癖がある。

その隙を狙ってミックは手や鼻でドアをこじ開け、1階に行ってオカンが来るのを待つ。
待つといっても速攻だ。

ミックが1階に行くと、万が一にでも外に出てしまうかもしれないと、ふだんは動きの鈍いオカンが早送りのように俊敏になり慌てて階段を駆け下りていく。
ミックはそれを知っていて、見つからない場所に隠れながら、彼女が彼の名前を呼んで必死に探すのをほくそ笑んで陰から見ているのである。
ほとぼりがさめると階段の途中でオカンを待つ。













完全に遊び相手にされているオカン。

数時間の私の滞在中、これを何度もくりかえしていた。
オトンはぜったいに「扉はきちんと閉めた」と言い張るので、そこでまた夫婦ゲンカが勃発するのである。
私はというと「はい。そのとおりです」と素直に非を認める。
平和主義者だし、オカンを相手にして勝つ気がまったくしない。負け戦などはなっからする気もない。

家の主はオカンなので(家計はともかく)、オカンより上になったミックはこの家で誰よりもエラいということになる。
そういうわけで、彼の陣地こと、私がいつも座るソファに近寄るとこういうことになる。



オカンの甘やかしっぷりは今に始まったことではないが、かつては正反対で、理不尽な怒られ方を数えきれないほどされた。幼少の頃、私は「ママは鬼の化身ではないか」と本気で思っていたほどだ。
ただ、母親として最悪だと思ってはいたが、どういうわけか人間としてはキライになりきれなかった。子らに対して、愛情がないとも思えなかった。

小学生の時、怒られて悔しいあまりに彼女が一番悲しむことを考えた。「私が死ぬのが一番苦しいだろうな」などと思い、発作的に子供部屋の2階から飛び降りたこともある。服を汚しただけでおわり、さらに半殺しの目にあわされることになったのは言うまでもない。

あのとき、「死のうとした」などと言ったら彼女はどうしただろうと今でもたまに考えることがある。
私が涙を流しても、それを見るのがつらくて怒り狂うオカン(なので、彼女の前で泣くことはまずない)のことだから、んーーどうしただろうな。このことは言うつもりもないし、きっと一生わからないだろう。

頭に血がのぼると本当に人を殺しかねない彼女の修羅場を何度も目撃しているし、触らぬ神(キチガイ)に祟りなしを身を持って体得したのもオカンのおかげだろう。
彼女が変わりはじめたのは、オン(孫)ができたあたりからのような気がする。

こんなに溺愛するのだから、そりゃ私や弟のような子供が育つわけだし、私もわがままし放題だけれど、三つ子の魂百まで。実のところ、今でもぜったいに地雷に触れる言葉は発しない。
キチガイの親を持つとねー、子供も大変なんですよ。
私は、オンにとってどんな親なんだろう。
オカン以上の母親業をしてきた自信はあるけれど、人としてその愛情の深さはどうだろう。
ね、ミック。
......と、引っ掻かれた手の甲を見ながら思いを馳せた深夜でありました。