ゲリにぎりを握ったバイトの思い出

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先日、笹塚にあるファーストキッチンの前を通りかかった。私がバイトデビューした思い出の地である。当時は学生が混在していて大変風紀が乱れていたので「どれどれ…今はどうかな」とチラ見したが、メガネ・スッピン・アクセなしという極めて健全な容姿を目撃。いや見かけでは判断つかないし、ギャップ萌えという言葉もあるし……と想像しかけてどんだけ汚れてるんだ、と思った。
そんな汚い自分は薄手のダウンを逆さまに着ていた。私のほうはいまだに乱れている。

高校のバイトと言えばひとつ、印象深い早朝バイトがある。伊藤ちゃんらと部員の何人かでやった、個人経営のスーパーだ。
授業が始まる2時間だけ働くのだが、私は毎回寝坊をしてタクシーで行っていた。大赤字ということはのちのち判明したけれど、わかったところでたいして気にも留めなかったと思う。

経営者は、筋肉質の小さなオヤジだった。肌の色は日焼けではなくてソレ汚れだろうという黒さだ。奥さんと娘が愛想を尽かして出て行ったことは、二階に下宿していた大学生の甥に教えてもらった。今なら話に食いつくかもしれないが、当時の私たちはそんなことどうでもよかった。

下世話な甥の部屋にはギターと小さなテーブルしかなかった。カーテンもなかった。広い部屋に1枚だけ貼ってあったポスターはビートルズで、そのおかげでしばらくの間、「大学生の部屋は何もない。ビートルズはある」とインプットされてしまった。色白で、細い髪はおかっぱ。栄養失調にも見えるスレンダーな軟弱男で、働きもしないのに頻繁にスーパーに顔を出していたのを覚えている。今にして思えば、男二人の所帯である。女子高生たちがキャッキャ言うところを眺めてよろこんでいたのかもしれない。かもしれないじゃなくてまちがいない。おかずにされていた可能性もある。

おかずと言えば総菜だ。スーパーでの主な仕事はその総菜の準備だった。食品を扱うにもかかわらず、すさまじく衛生環境が劣悪なところで、ふつうの女子高生ではとても勤まらなかったと思う。私たちは授業をサボっては小汚い部室(ぶしつ)で寝ていたので、そういう「汚」には慣れていたのだろう。

バイトは朝食付きだった。オヤジが用意したお味噌汁といっしょに、惣菜なら何を食べてもいい。おにぎりを食べた日は毎回下痢をする。これは絶対的だった。何回かのトライandエラーを経て原因を突き止めてから、私たちはおにぎりを「ゲリにぎり」と呼んだ。ゲリにぎりはその後二度とクチにしなかったかと言えばそうでもない。『ごはんと味噌汁』の魅力は「今回だけは大丈夫かもしれない」と思わせるに充分で、腹を下すことにも勝ってしまう。恐ろしい日本食の定番である。

オヤジの気まぐれで発令される「消毒デー」という大層なものがあり、それもまた今にして思えばひどいものだった。今だったらTwitterでまちがいなくツイートして、山火事のように炎上する案件だ。

水を張った洗面器を、調理台の上に置く。漂白剤をテキトーに2,3滴垂らす。そこに手を浸すと、3秒くらいで指の汚れまで滅菌されるのだと豪語するオヤジ。家事などしたことがない私たちは、何の疑いもなくハイターの驚異に感心していた。
そのまま手を洗わずに素手でおにぎりを握るのだ。今でこそ混ぜたら危険! の漂白剤、ふつーのハイターである。私たちが健康優良児だったからゲリくらいで済んだけれど、高齢者だったら死んでいた可能性もある。


ご老人がスーパー菌により死んだかどうかは知らないけれど(たぶん死んでいる)、店はそのうち潰れたと言う。それを聞いてみんなで見に行ったら、思いがけずサラの空き地になっていた。あの小汚い建物が魔法みたいに消えている。オヤジも、栄養失調の甥も、ビートルズも、何もかも無くなったような気がした。成人して、高校生の私たちだってもういないのだ。ぜんぶ幻かよ! とも思うけれど、あの頃の私たちも無くなったということでイーブンです。