忘れた人 忘れられた人 往生際をどうにかしろ

忘れた人 忘れられた人 往生際をどうにかしろ

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80を超えている友人Hの母ちゃん(以下おばちゃん)が、ジョギングの最中に顔面からスッ転んだ。
その拍子かどうかどうかは知らないけれど、私のことを忘れてしまったという。

それを聞いた時は「あ、怒られないですむ!」と思ったが、長い時間をかけて培ってきたトラウマのようなもの。ほんのわずかな瞬間だけで、あとはもうどうしようもなく「無」になってしまった。彼女の中で、私は「無」。消えてしまってどこにもいない。

私を忘れるとは、いったいどういう了見だろうか。
過信でもなんでもなく、友人Hの中で、私はダントツで親しい友人にカテゴライズされる親友である。

おばちゃんには散々怒られ続けてきた。逃げまわってもいた。いつも一緒にいたので、悪さをしないか心配ばかりされた。

Hが3才の頃、おばちゃんはご主人(Hの父)を事故で亡くしている。女手ひとつで兄妹2人の子を育て上げてきた立派なおばちゃんで、「こえぇ…」と言いながらも、おばちゃんが夜勤の日を見計らってよく遊びに行っていた。そこらへんの教師より、尊敬するところがたくさんある人だった。

あれだけ怒られたにも関わらず、私はおばちゃんをきらいだと思ったことはない。それはたぶん、「彼女は敵ではない」ことを動物的勘でわかっていたのだと思う。


性の喜びおじさん……

Hの婚約が決まると、我先にうちのオカンに紹介しにきた。渋谷のシャブシャブやで、オカンによる「愛してるの? 事件」が勃発するのだが、それはまた別のお話だろう。私の結婚式にもとうぜんのごとく呼んだ。私がムチャなディレクションをして、Hにウエディングケーキを作ってもらった。彼女も自分の披露宴に自家製ケーキを作っていたけれど、ハッキリ言って私のときよりショボかったと思う。あと、私が張りきってスピーチしてるとき、前列のガキに話しかけたりしていっさい聞いてなかったのであとで文句を言ったんだった。

彼女一家の引越しでは、とんだハプニングがあった。親戚が急遽亡くなってお通夜に行かなければならず、引越しどころではなくなったのだ。でもおばちゃんが「お祝いだから」と何十年に1度も注文することがないであろうお寿司を全員にふるまってくれた。積まれたダンボールに囲まれながら、小さなスペースで丸まって貪り食ったのを思い出す。引越しの手伝いを何一つしなかったけれど、それでもおばちゃんはとてもうれしそうで、私たちもあの顔を見るとうれしくなるのだった。(怒られないという安堵かもしれないが)

Hの出産時には、当日仕事でいけなくなったおばちゃんから「行ってくれないか」と頼まれたことがある。初産で初孫、私はHを安心させるためではなく、おばちゃんを安心させるために埼玉から赤十字病院まで車をかっ飛ばした。
新生児だったオンは、チャイルドシートに乗ってごきげんに足をバタバタさせていた。彼もまた、生まれた日にHやおばちゃんに抱き上げてもらったのだ。わかる?  わかるわけねーか……。

いつも財布に、ちょっと考えられないような二枚目な夫の写真を入れていたおばちゃん。質素をきわめた食事、早朝から深夜までの労働はかけもち、それでもお弁当は必ず作っていた。シラスの入ったナゾなちらし寿司が多く、Hの弁当にもかかわらず、そのほとんどを私は自分の胃袋に入れて育った。そうこうしているうちに、おばちゃんの貯金は、莫大な額になっていたようだ。

 

成人式の日は半プロであるオカンがHの着付けをした。そのお礼にと大量のいくらが乗った「いくら丼」を出してくれたのはいいけれど、おいおいおい……。私はいくらが大の苦手なのである。おばちゃんにしてみれば大奮発のいくら……その後、私たちとそれぞれのボーイフレンドはオカンとおばちゃんにホテルの庭園などで写真を300枚近く撮られたが、とにかく成人式イコールいくら丼という負の思い出しかない。

同級生らの両親は、魅力的な人が多い。その子らと友人関係にあるのだから、とうぜんかもしれない。その中でもHのおばちゃんは特別な人だった。怖くて、正しくて、威厳があって、おかしくて、一生懸命に生きている見本のような人。大好きだった。

親の背中を見て育った記憶はないのだけれど、彼女の背中はしっかりと見てきたような気がする。
そんなおばちゃんが私の存在を忘れ、私はおばちゃんの脳内で亡き者になった。これはもう、関係性の上で、2人の死に値するのではないか。

私たちは散々調子にのって楽しいことも悪いこともたくさんしてきた。でも、おばちゃんに心配かけたくない一心で、悪事が教師にバレてもHのことだけは隠し通してきた。Hがどうなろうとどうでもいいが、おばちゃんを悲しませるのだけは勘弁だ。

こうして私たちは、誰も口にすることなく沈黙の掟みたいなものを漠然と守ってきた。でも、今、このタイミングで荒療治としておばちゃんに暴露するのもいいかもしれない。記憶喪失の人が頭を打撲して記憶が戻るなんてことは韓国ドラマではよくあることだ。

「Hはこんなに悪いことしてて、みーんな私たちが隠してきたんだよ! みんなが謹慎中してても停学中でも、ノホホンとして、監禁中のウチに遊びに来てたよ!」

どうだろう。思い出すどころか、ショックで死んでも困るな。しばらくは保留にしておくつもりだ。



Hのかあちゃんは仲間内でも一番の高齢だけど、私たちの年代で、介護は他人事ではなくなってきた。
「来るぞっ来るぞっ……もうすぐ来るぞ……」
と思ってはいたけれど、そろそろ本気ださないとヤバい。いや、でも、本気出したところでどうなるというんだ。親たちの老化の兆しが見え隠れしているだけで、本気出しても仕方ないだろう。というか、なんの本気なんだ。

どうでもいいしと思っていたのに、友人の親に忘れられただけで狼狽している私はどれだけへタレなんだろうか。忘れられたら楽じゃん? と思ってたのに、いざ忘れられるとこんな気持ちになるのか……。

そういえば入院中の祖父母を見舞っていたときだって、病室に入り一目散で手を握り、開口一番「アソビだよ、わかる?」と言うのが常だった。きっと、みんな、言う。忘れられたくないんだな。

ところでおばちゃんである。完全に認知症にでもなればえらいことだ。青山あたりで本人ジョギングしてるつもりで、でも歩いてるようにしか見えない派手なジャージのババアがいたら、それおばちゃんなので声をかけてあげてください。
「アソビがファーストキッチンの前で警察につかまってるよ」
とか、そんな刺激のあるたわ言がいいと思う。猛ダッシュで飛んでくる気がするから……。