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Weekly Teinou 蜂 WomanにUPした記事内テキスト抜粋Blog

不潔の基準は日本じゃない。世界だ。オカンと私の衛生レベルがちがいすぎる件

異常かつ、やや偏った潔癖症であるオカンの反面教師か、それともキングオブ大雑把のオトンのDNAなのか、あるいはその両方が影響しているのか、私は掃除がキライです。
また、お風呂に入るのもめんどうで、小学校の頃はオカンの支配下で、どうにかしてお風呂に入らなくてすむ方法を試行錯誤した毎日でした。ですので私にはそのノウハウがあります。必要な場合はご一報ください。

ちなみになぜか、歯磨きだけはします。これはたぶんですが、小2の頃、正月旅行で虫歯が大暴れして車の中やホテルで泣き喚いたことが大きなトラウマになっているのではないかと自己分析しています。私が泣くと怒りだすオカンも、あの時だけはおとなしかった。親戚一同が一丸となって、歯医者を探すことに命がけになった年明けでもありました。

日本はウォシュレットを生んだほどですから、かなりの清潔マニア国です。そんな国に産まれてしまったばっかりに「不潔」のレッテルを貼られるのは合点がいかないけれど、そもそも私自身が不潔だとも思わない点において、「不潔ではないのでは?」とも思う昨今です。基準は日本じゃない。世界だ。と言うと、なんかグローバルでかっこいいし、そういうことにしました。

それでも毎日「これはさすがに……すごい……」と思うことがあります。押入れ、タンスの中です。比較的なんでも公にするタチですが、これは画像を公開する気にはなれません。通報される恐れもあります。とはいえ、友人らがウチにくるとまっさきに押入れを開けますから(あの心理は何でしょうか?)、個別にどうしても見たいという方には、まあ別に、ご披露するのはやぶさかではありません。


オカンが買ってきた、曰く「ものすごい高いスカート」です。10万以上するらしいですが、どう見ても鯉のぼりだし、そもそもなんだこの長さは。

服、インナー、下着、くつしたと、それぞれ分けたスペースがあるはずなのに、どういうわけかゴッチャになって積み重ねてある。我ながらよくここから着ていく服を抜き出して毎日過ごせるな…これはちょっとした才能かもしれない……などと感心してしまいます。このポジティブ思考も何かに活かしたいけれど、あまり人様のお役に立ったことはありません。自分がいかにいい気分で過ごせるというだけの話です。

ところで、私がどれだけずぼらか、そしてオカンがいかに神経質か。新しい読者のために一部紹介しますと、私の場合は食べたケンタのチキンの骨を、ジャケットのポケットにそのまま入れていつまでも放置してしまうレベルです。オカンの場合はゴミ箱にゴミを捨てない、玄関なのに土足で踏み込まない、という、一瞬何言ってるのかわからないレベル。服に関しては、型崩れを避けるために、ポケットに何か入れたり手をつっこむことはぜったいにしない、ベンチにでさえ座らない、手すりに掴まるのもいや、という狂気の沙汰であります。私はどんなラグジュアリーブランドでも、平気でガンガン地べたに座りますし、外食すると袖にスープが付いたりします。どこまでもオカンとは対照的なのは、反抗期をいまだ迎えていないささやかな私の抵抗なのでは…と思うほどです。


ジャージですけど、(服はぜんぶオカンが買うので私はTシャツとジャージしか買いません)ペンキが付いていても平気で着るので見つかると発狂されます

そんな折、家族ラインで事務所の掃除の話になりました。「そんなことよりうちの押入れをどうにかしてほしい」と私が願いでたときのオカンのスタンプです。
 


我ながらよい話の逸らし方をしていますね……。
「駅のホーム」というのは、初めて訪れていた茨城県です。
駅舎の待合いスペース。



ホーム内は下の写真。
座布団にはふくろうの図柄がパターンになっていて、ダサかわでした。どなたかが縫ったのかな…と思うとじんわり暖かい気分になります。じっさいこの日は暑くて、いきなり夏かよと思っていました。



ラインの続きですが、「田舎の写真はわびしい」と、久しぶりにオカンが根暗性分を発揮しました。(根暗というのは死語でしょうか、根が暗いという意味です)

「もうすぐ死ぬんだから明るく生きてください」と返事をして、怒りのメッセージをワクワクしながら待ったのですが、届いたのはチューリップの花。反応に困るような行為はやめていただきたい。





そのあと、気を取り直してもらおうと思ってピューマ(を飼ってる)インスタと動画を送ったのですが、
「がまんできないくらい飼いたくなる!!!」
って言い出しました。
どうやって家でピューマ飼うんだよ……。

きっとオトンに「飼いたいからどうにかしてくれ」とワガママを言ってるはずなので、
「あいつに何言ったんだよ……へんなこと言わないでくれよ……」
とラインがきそうです。

最近、両親のことを書いていると、「死んだとき読み返そう……」とよく思います。こうして覚悟というものを徐々にしているのかもしれません。
なので、お二人には、安心して死んでほしいですね。
 
 

サイト開設21周年で顔が伸びた


去年のやぎハチ。まだ髪がマッシュだ。みんなに感謝しかないんですがマジで。

去年の2/15は、サイト開設20周年記念イベント『やぎハチ20』でした。DPZの林 雄司Webマスターの個人サイトWebやぎの目も同じ年。ムリヤリいっしょにやってもらった次第です。……ということは? そうです、単純計算しても複雑計算しても今年は21周年。めでたいですね。

あの日はものすごく達成感がありました。ヤバー大成功しちゃった! と思って就寝したのですが、翌日には「土屋さんがひどかった」「新種の野生動物みたいだった」などのツイートが散見され、度肝を抜かれました。なにもかも夢だったのでしょうか……? ほとんどキツネにつままれた気分でしたが、証拠写真などを見せつけられ、真摯に(まぁひどいのかもな)と内省。コンビニに売っていた『最新最強の一般常識』を購入して、この1年ジョーシキに取り組んできました。

どうでしょうか?
……というか、今日、スマホのカメラが自撮りモードになっていて己の顔を見たら顔が伸びていてビックリです。



去年↑の打ち合わせ時はまだ伸びてないので、これ、たぶん……髪が伸びたせいで長く見えると思うんですよね……。どうでしょうか? どうでもいいでしょうか?

 

恋愛はビョーキ。情は免疫。


おっとバレンタインデーですね。
先日、水害においてバンビを助けた少年について触れました。と言っても、4年前の記事をRTしただけなんですが。

年齢関係なく、こういうことをあたりまえのこととしてやってのける男は最高ですが、めったにお目にかかれるものではありません。そもそも流されたバンビちゃんと遭遇する機会もそうそうありません。でも、地位や名誉や才能や収入、ましてや容姿とかじゃない、男の底から湧き出る面魂(つらだましい)は見極めていきたい。

やさしい態度や言葉なんて、誰でも、どんなクソでも、いやもしかしたらクソであればあるほど、サクッと出来ますからね、いざというときに信用できる男かどうか、ここがキーになります。

たとえば、愚問とされている「自分のどこが好きか」の解答として、「顔」と答える人は意外と信用おける類だと思ってます。少なくとも嘘つきではない。フツー言わないですよね、中身じゃなくて顔的な、そんなこと。

前々から言ってますけど「動物が好きなところ」とか言われたら(あるいは思ってしまったら)よけいなおせっかいかもしれないけれど、別れのほうへシフトしたほうが賢明です。他にストックいなくても、1人になるのが寂しくても、こじらす前に別れた方がいい。あなた(相手)が動物関連の仕事をしてない限りは、です。





二十歳前後に婚約していた男が金持ちかつハンサムだったんですが、飲み会の席で彼が席を立ったとき、彼の先輩に真顔で言われました。「あいつのどこがいいわけ? どこかいいとこある?」。答えに窮しました。金でも顔でもないと思っていたけれど、じゃあなんだ? え、え、何? そこで出てきたでまかせが「動物が好きなところかな」でした。まさかの「別に好きなところない」だったんですね。あれから私は、ほとんど動物恐怖症になってしまいました。動物は大好きだけれど、動物と答える恐怖症です。

 

じゃあなんだと言われれば、現時点で思う模範解答は「わかんない」です。わかんないけど好きになった、それが1番本能的だと思うからです。自然界においては、強いものがメスを制します。なので、「強いから」でもいいかもしれません。でも、きっと、動物だって1匹の強者だけでは繁栄できませんし、じゃあなんとなくわかんないけどってこともあるような気がするのです。

次点が「考え方がいい」「(赤の)他人に対する接し方がよい」などでしょうか…。「運命」を理由に挙げてくる輩は話になりません。ドロップキックをお見舞いするべきだと思っています。確実でないことをでっちあげるのは嘘つきの何ものでもない。

 
運命とか一生とか根っこが同じとか、くだらねぇ絶対的なこと言ってくる人は、私の知る限り100パー人間のクズでまちがいありません。同じ人類として恥ずべき生物です。ですのでとっとと別れましょう。惑わされてはいけない。若人よ。恋愛なんかで傷ついてはいけない。そんなの勉強とか経験でもなんでもないんです。いい人は必ずいる。いなくたって、ムダに傷つくよりいいじゃないですか!


はい。つらだましいです。

そもそも、恋愛など病気と同じ。大いなるかんちがい。わかんないけどホレられたから気になりだしたていどでウイルスが増殖してゆくものです。風邪やインフルエンザと同じで、いずれ熱は冷めてしまう。もしも療養中にガン(それ以上の理想の異性)に罹患すれば、その強いウイルスにカラダが蝕まれていくものです。

だって今、最愛らしき人と恋人であっても、松山ケンイチ松田龍平にどうしてもと求愛されたら瞬間移動しませんか……? 少なくともキアヌ・リーブスが結婚してくれって言えばしちゃいますよね……?

じゃあ一生添い遂げる夫婦とかなんなのよと言われたら、病気が治癒したのちに発生する「情」だと思います。恋愛よりも深く重く尊くだらしのない、確固たるものになるのが情。情はやたらめったら強力な免疫で、バリアになってくれます。なので、ほかの、愛だ恋だのくそったれな病魔に冒されることもない。ぜったいとは言い切れませんが、言い切れることがあるとすれば、おいコラ、運命なんかないぞ。
 

ウサギは一羽・二羽と数えますが、 もうそろそろ一匹・二匹でもいいのではないでしょうか?

ウサギは一羽・二羽と数えますが、 もうそろそろ......Yahoo!知恵袋
ピーターラビットのおかげでしょうか、まさかセーラームーンではないですよね? ウサギは愛らしいというイメージが、強制的に我々人類に植えつけられてるような気がしてなりません。わたしの知るかぎりではそうとうな「きかん坊」であり、平然と醜怪を晒している生物、それがウサギです。

(via Shirley MacLaine | bunnylicious)

"耳が長いからカワイイ"も意味不明だと思います。だいたい人間の耳がマジで長かったら、ただの気味のわるいホモ・サピエンスです。ましてやあのように目の充血とセットでしたら、もうこの世のモノとはとうてい思えません。
発情期にもなればところかまわず噛みまくり、足が傷だらけになっていた飼い主さんもいました。暴れるのでほとんど抱けないという人もいます。しかもあいつら、やたら性的に奔放で、わたしの嫁いだ先ではかつて飼っていたウサギが大量繁殖してしまったそうです。庭中ウサギに占領されて途方に暮れたじいちゃんが、ある日突然一羽残らず肉屋に持って行ったと伝聞しています。

そう、ウサギといえばこの数え方。このように、「1羽、2羽……」と数えることはわかっていても、どうしても解せません。なぜ「匹」ではいけないのか、いったいだれが決めたのでしょう。マナーでも規則でもそうなんですが、わたしはどうやらミョーなところで引っかかるタチで、あれ? もしかして完璧主義者なんでしょーか、納得できない、していないモノやコト、コトバがあると、どうしてもためらってしまう。朝からTバックがずっと食い込んでいるような気持ちわるさがあります。
そもそもなぜ「羽」と数えるようになったのでしょう......。
1)ピョンピョンとび跳ねるから
2)耳が羽に見えた
3)天武天皇の肉食禁止令で肉が食べたいがための苦しまぎれ(鵜・鷺)
4)仏教で殺生が禁じられているための苦しまぎれ
諸説あるようですが、有力なのは3のようです。かといって、わたしはまだまだ納得していませんし、Tバックには変わりありません。
そもそもあの凶暴なウサギが、「さびしいと死んじゃう」みたいなことを"のりピー"が言いだしたあたりから「なんなんだ、ウサギ」と思ってきました。

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このウサギはかわいい

うちの向かいに住んでいたチーヤンちには「ミミ」というウサギがいました。基本の白い赤目ウサギで、ちょっとどこ見てんのかなに考えてるんだかわかんないところがやはり薄気味悪かったです。庭に小屋をこしらえて住まわせていましたが、赤目なりにも感情はあるようで、それとも習性がそうさせるのか、しょっちゅう穴を掘って脱走を試みては失敗していました。
脱走劇で町内会中にその名を轟かせたのは、チーヤンちのミミと、うちの亀田くん(クサ亀)で、このお二方が示しあわせたように同時に脱走を試みたことがありました。二匹(羽)して同じ道路を田んぼの方に逃げていくサマはまるで童話の世界。子どもたちがワーワーと捕まえようとするなか、
「ダメーーッダメダメーー! おさんぽ中ーっ!」
と威嚇制止するのに必死でした。
にしても、ミミはあのように自分でもなに考えてるかわかんないままで逃げているわけですから、ピョンピョンと2,3回跳ねたあとは脳死ジョータイになって
「あれ? あたし今なにしてんだろ? んーー」
というふうに微動だにしなくなるのです。だから一目散に田んぼに突進している亀田くんの方がぜんぜん早いしエラい。せっせと瞬間移動しているかのような驚愕のスピード狂でした。

(via Neighbourhood Watch – Un street artist détourne les panneaux de surveillance du voisinage… | Ufunk.net)

とある春の日、ミイラ化した亀田くんを発見しました。冬眠させるのをわたしが失敗してしまったのです。亀田くんは名字はありましたが、名前がなかったものですから、「亀田ミイラ」と戒名をつけて手厚く葬りました。ミミのほうはあいかわらず無表情で過ごしているのでしょうか......とここまで書いて、ハタと気付いたことがあります。

ミミって名前、もしかして......=耳?

 

 

砂糖大好き人間の、メリットデメリット



喫茶店でコーヒーがきた途端、いきなり私が話を中断して相手のコーヒーを凝視しはじめたので、なにかまずいことを言ってしまったのでは…と、恐怖に震えた方がいました。
ただ心の中で、スティックの砂糖を見ながら(この人、砂糖入れんのかな…)と思っていただけなんですが、イチャモンをつけそうな顔をしていると何かと不便です。

ラニュー糖がシュガーポットで出てくる喫茶店が好きです。純喫茶はほとんどコレですね。いい喫茶店かどうか、この砂糖目線でチェックしているくらいです。
私は甘党かつめんどくさがりやなので、スティックタイプの砂糖は本当にうっとうしいのです。

まずは、ソーサーに乗っかったスティックシュガーを確認してから
「すいません、あと4本頂けますか」
と言わなければなりません。(これでも遠慮して4本です)
言うのはいいとしても、いきつけの店以外ではぜったいのぜったい、と言っていいほど聞き返されます。
「は? 4本ですか、4本?」
これぞケゲンという怪訝顔や、信じられないという顔ならいいのですが、あからさまにイヤそーな顔をする人もいます。
「こいつにおちょくられている」
「家に持って帰る」
などと思うのでしょうか。あれらはどうせバイトなので、もったいないという意識が働くはずはないのです。私だって、遠慮がちに言ってるじゃないか。



記憶力がどうかしてる私でも、友人一同の砂糖摂取量だけは完璧に覚えています。
すでに認知症の初期症状もでているというのに、これだけは自慢できる。もしも砂糖摂取量記憶選手権などがあればチャンピオンになることまちがいなしです。

よって、店員がコーヒーを運んでくる途中ですかさずスティックだということを確認したら、瞬時に同伴の友人が砂糖を入れる人か入れない人をふまえて的確にスティック追加注文するわけです。これはだいたい1秒くらいで判断できます。
生活の中で、脳細胞(かつ神経)が活発に働くのはこの瞬間くらいですね。

例えば、1人一杯コーヒーを注文したとします。
A子はゼロ、B子は1本、C男がゼロだったら、A子とC男のスティック2本は確保できますから、全部で5本にするには追加2本をお願いすればいいわけです。

こうして一連の流れがすんだとしても、まだここで私は5本のスティックシュガーの一気開け(これも特技)をして、そのゴミをまとめなければなりません。これらは折り畳んでソーサーの上に置いても落ちたりしますから、大抵はバッグに入れて持ち帰ります。冬は手ぶらなのでポケットの中ですね。
なので、私のカバン、そしてポケットのほとんどは、スティックシュガーのゴミだらけと言っても過言ではないでしょう。過言です。あとザラザラしています。

もしもカバンを拾ってその中がザラついていたら……落とし主は私ですので返してください。
砂糖大好き人間は、店員に訝しげに見られる、砂糖にかかる食費がハンパないなどマイナス点もありますが、このように、カバンやコートをなくしても安心というメリットもある。プラマイゼロです。

 

 

服がなくてもチョコは食べたくなる

10年前、「服なかった」と全裸で買い物をした23歳の男が逮捕されました。

容疑者のいい訳もなかなかのセンスですが、接客した店員のサービス精神がお見事だったのでご紹介します。

調べに対して容疑者は
「着ていた服を洗濯したので服がなかったけど、チョコレートが食べたくなった」
と供述し、雑貨店の女性店員は
「(全裸に)びっくりしたけど、チョコレートを売ってしまった」
と話していたそうです。

服がないけどチョコが食べたい。
ビックリしたけど売ってしまった。

この、一見矛盾しているかのように見える行動ですが、「そうだよねぇ…」ってなんだか納得してしまいました。ビックリしすぎて予期せぬ行動にでてしまうことって、日常でも意外と多いのではないでしょうか……。つか私は多いです。今まで逮捕歴がないことは奇跡と言っていい。

 

 

某日日記 しゃべるな危険



焼肉会。
最初から飛ばしてしまい、しゃべりすぎなのか笑いすぎなのか不明なまま筋肉痛になった。心身ともに初老を痛感する。
誰が何をしゃべっているかてんでわからないカオス状態で、もはや会話として成立していない。大きな声でいっせいに独り言を言う会。場所が場所ならお気の毒関連になる。

しゃべりながらも肉は焼く。しゃべる。焼く。しゃべる。焼く。しゃべる、しゃべる。
私が網に乗せた牛タンをだれかに食べられて口論になり、何枚食べたのか各自申請することになった。

けっきょくのところ、牛タンまるっきり興味ないって顔して
「も~どうして毎回こうなるの~注文すればいいでしょー50なんだからこういう争いはバカバカしいわ」
と言っていた女がシャーシャーと1番多く食っていた事が判明。いったいどういう隙を見て食べてたんだ? 目にもとまらぬ速さで食べていた言うことなのか。もしかして重ね食い? ミルフィーユ的な?
あまりにも無能な議論でことごとく時間は過ぎていく。人生にムダはないと聞くけれど、あれ、本当だろうか。

 

ホントに本当?